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" 接し方 " うつ病当事者と支援者のそれぞれの視点

2013年1月に、沖縄県内で初めてうつ病特化型支援施設BowLが設立されました。

ここではその創設者の荷川取氏と精神科医である小渡先生、またこれまでその施設でリワークに向けて研修プログラムを受けてきた当事者の皆さんに話を聞きました。

◆ 早速ですが、沖縄県内に初めて"うつ病特化型支援施設BowL"を立ち上げられたキッカケはなんですか。

(荷川取氏) 「親友がうつ病を発症したこと」…これが、私がBowLを立ち上げようと思った一番のキッカケかな。

以前の私は仕事で人材育成に携わってきたので、近くにいる親友と自分のキャリアが社会貢献に繋がるのはアリかな…という考えがスタート。

ある週末に、ひとりでコーヒーを飲んでいる時に、ふと思いついた。そこで、仕事について話そうと親友をランチへ誘い、本人の復職について聞いたところ「今は難しい」と言われた。

私の方から復職支援事業を立ち上げたいという考え方について、どう思うか聞かせてほしいと思い話したところ、「それはおもしろい」の一言で背中を後押しされたのが、2012年の5月。

そこからグッとエンジンがかかった

 

2つ目のキッカケそれは、東京へ行った時に「自分の中で果たしてできるだろうか?」という同じ考えを持っている方に出会えたこと。

「自分の中で消化できるようならやってみよう、そうでなければ…」と思っていた。自分の中で逆にどんどん面白くなり、これは是非やってみたいと思って沖縄に戻り、退職を考えた。そこからですね、動いていくことが止まらなかったですね。

 

3つ目のキッカケは、小渡先生との会話。

目の前の霧が晴れていく瞬間が、少しずつ自分でも分かっていくのが楽しくて、眠るのを忘れるくらい毎日考えていた。

◆荷川取氏と小渡先生の出会いがBowLを形つくっていったのですね。

では、小渡先生は精神科医を目指そうと思ったキッカケを聞かせてください。

(小渡先生) 精神科医を目指した事はないですけども、人間が好きなので、ただ人間のことを勉強したくて・・・人間の本質というのは、人間は目に見えないものが多い。それで、人間らしく、目に見えないものは何なんだろう?と考えるようになっていった。医学の領域でやっていくと考えた時に、一番近いのが精神科医だったんです。

 

 そういえば、沖縄県立総合精神保健福祉センターの仲本先生にアポをとった時に、小渡先生と出会ったんですよね。これはホントにたまたま。でも、今考えると“縁のすごさ”を感じている。

昼ぐらいに小渡先生と話をして、糸満市で発達障害の講演会に参加する話をしたら、その時に小渡先生から「荷川取さんって、メンタルヘルスを勉強したいんだよね。」と言われ、そうだと思った。

もう少しうつ病やメンタルヘルスを勉強したいと思った。その時に小渡先生から借りた雑誌を読めば読む程、どんどん霧が晴れていった。それ以降は毎週のようにお会いしてましたね。(笑)

 

MC (司会) BowLが出来上がるまでに、荷川取さんと小渡さんが何度も何度も会って、いろいろ考えていたんですね。

 

 (笑) そうそう、毎週、毎週ね。小渡さんにいろいろアドバイスしていただきましたね。 

 

  (笑顔でうなずく)

◆今回うつ病当事者のお二人にご参加いただいております。

お二人にはリワーク施設へ通うキッカケを伺いましょう。

 

(男性当事者) 初めてリワーク施設を知ったのは、障害者職業センターに通っていた時に、同期のメンバーに紹介してもらった。最初は「ふーん、なるほどね」と思っていただけだった。その後、わざわざ友人がBowLの施設見学に行って、説明を受けに行ってくれた。後日、友人からパンフレットを渡され、「とてもいいところだった」と、さらに勧められ、自分で施設見学へ行った。そこで、雰囲気、考え方や方向性などに共感したので、それから通所を決意したのがキッカケでした。

 

(女性当事者) 私は,病院の友人がアソシアという福祉施設をしてくれて、そこに電話をしたら、「仕事を持っていて休職している方には新しくBowLという施設がありますよ」ということでBowLを紹介された。その後、荷川取さんと小渡先生がわざわざ沖縄市にあるマクドナルドまで来てくれた。1人では行けないので、友人と一緒に行って、ドキドキしながら会ったのを覚えています。すごく緊張していました。それが2013年3月だったと思う。。。それで実際に行動ができたのは、5ヶ月後だったかな。それまでは、ひきこもってましたね。

 

YさんはBowL研修生第1号ですね(笑)

 

全員 そーなんですねー!!(笑)

 

MC みなさんの話を伺って、知らなかったエピソードが

お聞きできて良かったです。

◆次に、今回の「接し方」というテーマに沿って、当事者と支援者の目線でお話を聞かせてください。

まずは、うつ病の初期症状について伺いたいと思います。

 仕事をしていて、何も手をつける事ができなかった。とにかく不安だらけだった。自分自身が何をしていいか分からない状況。自分がいよいよ、おかしいな。。。と思って、クリニックへ行った。そこで先生にすぐに「うつ病です。3ヶ月休んで下さい。」と言われ、初めてうつ病を知った。

 

 

MC それまでは、自分がうつ病だということは頭になかったんですね。

 

 

 そう、全然なかったですね。プライベートや仕事もいろんなことが重なったり、プレッシャーを感じる事があったりして、ただそのせいだと思っていた。聞いた事はあったが、うつ病というのがどういう状況になるのかさっぱり分からないし、正直戸惑った。。。

 

 

 その時、私は育児休暇中で、旦那の転勤もあって県外にいました。まずは眠れなくなりましたね。身体症状としては焦りとか不安とか。。。社会的には幼稚園のママ友の輪に入れないし、会話に入れなかったんですよ。2歳の娘の育児ができない。家事ができない。

そこで病院に行き、うつ病と診断されました。

県外にいたので、あの時の生活環境では治療できないと思い、治療に専念しようと子供と一緒に実家へ帰って来ました。

◆ドクターとしての目線で患者さんと接してみて、初期症状とはどのようなものがありますか。

 抽象的にはなりますが、患者さんの目線でお話ししようと思っています。

あれ?という違和感を感じて修正しようとするんですけど、修正できないんですね。本人はなんとかもがいていて、どんどん苦しくなってくる。それをコントロールすることが不能な状態。

そして、周りもなかなか気づいてくれない。そういった状態になっていますね。

これというのは、おそらく人生の中で経験したことのないような、、、人生の危機ですね。でも、危機を危機として受け入れたくない。認めたくない。いや、またいつかコントロールを取り戻すであろう、またいつかみんなと繋がっていけるであろう、というジレンマでかなり苦しい、かなり光の届かないトンネルの中に引きずり込まれていくような感じがしますね。

 

MC 今のお話を聴いて、光の届かないトンネルというのが頭の中に残りました。

当事者には「分かる!」って感じですね。

 

 しかも孤立していくんですよね。接触を断っていくというよりは、いつのまにかそういう状態になっているといった感じなんです。

◆うつ病と診断された後、会社や家族や友人と接していく中で嬉しいことや悲しかったことはありますか。

 嬉しかったのは私の親友が自分がそういう状況(自分がうつになったこと)を話しても態度が変わらなかったことですね。

それと、家族が別の精神疾患を患っていたので、自分の病気のことを理解するのが早かったし、程よくいいぐらいの距離で見てくれているといった感じが心地いいですね。助けてほしい時は助けてくれるし。

逆に、悲しかった事は。。。会社なんですけど、うつ病に対しての理解がなかったこと。当時の職業センターの担当の方と会社の担当の方が話し合いをした際、「Tさん、こんな会社は始めてだ。。。」と言われた。会社内でうつ病ということをオープンにして会社側に対応を求めたが、全然相手にしてくれなかった。20年以上勤めた会社なので、もう少し理解してくれると思ったが、そうではなかったのが悲しかった。

 

 私は仲のいい友達が3名いて、1人は同業者の親友。2人目は月1回会ってくれる親友。病院に一緒に来てもらったり、1人でいると不安だったので一緒に過ごしてくれたりした。

3人目は母親。家事や育児を手伝ってもらったりして、最後は母親でした。

悲しかったのは、診断はうつ病。症状が適応障害と言われたんですけど、軽く「なまけじゃないの?」と夫から言われたり、父は職人気質なので「働かざるもの食うべからず」と言ってくる感じですね。

 

MC Yさんのご家族が言った言葉というのは、うつ病の方に一度は必ず投げられる言葉ですよね。私も当事者ですがそういう経験があります。(笑)

◆今度は支援者のお二人から、当事者と接していて嬉しかったことはありますか。

 今日のインタビューが嬉しいですね。何かこう。。。劇に例えると。。。1つのテーマに沿って主人公である当事者がいて、脇役としてBowLのようなリワーク支援の会社やスタッフ、私であったり、主人公も一緒に一体となっている感じがやっぱり嬉しいですよね。だから、苦しいことや悲しいことがあっても、こうやって一体になれることでそれが半減したり、休めたりできることがいいと思いますね。

 

 私は毎日嬉しい事ばっかりだけど。。。スタッフにも言っていることだけど、研修生は社員、スタッフが管理職というイメージで仕事をしている。ビーチパーティーに30名来たり、前職で関わっていた知人が朝礼後に来てお互いに朝礼の話をしたんだけど、その会社の朝礼には5名しかいなかった。。。BowLでは誰が朝礼してるかっていうと、研修生が朝礼をしているんですよ。是非、見てもらいたい!いくら病気だと言ってもビジネス界に負けないことをやっているという感動を感じながら、客観的に見て研修生のすごさに感動・感心させられることが多い。。。それに、再生力を感じる。うちの施設内では研修生の笑い声が聞こえるでしょ(笑)

 

MC そうですね。女性も増えてきているし(笑)

 

 見学に来た時の状況から、慣れてきて集団に入っていった時の研修生を

見ていくと再生力のすごさを感じるますね!

 

 それと、私はリワーク施設BowLに通っている1期生なんですけど、

研修生として感じることは、一緒にBowLを作っているという感覚で通所している

ということですね。これは社員のような感覚に近くて、充実感を感じている。うつで悶々としていた気持ちが少しずつ良くなっていくように感じます。

 

 私は引きこもっている時期が長かったんですけど、リワーク施設に通うようになって娘から「お母さん、元気になったね。」と言われたのが嬉しかったですね。以前は、娘は私に早く働いてほしいと思っていたみたいなんですけど、今では徐々に元気になっていくのが分かるので、今は娘が「復職時期はいつでもいい」と言って理解してくれているのが嬉しいですね。今思うと、引きこもっていた時の私の表情はどうだったのかなって思うんですよね。

 

MC 表情って自分からは気づかないものですよね。

◆支援者のお二人に、うつ病のサインを見逃さないためにどのようなことを心がけているか、またどのような接し方(対応)していけばいいのかを教えて下さい。

 抽象的な答えで申し訳ないんですが、個人的に大切にしていることは、余裕です。自分自身に余裕がないとサインを拾えず、相手の要素を拾えない。自分自身を把握できているような余裕があったり、なにかサインが出てきたとき、気づくことができるので。自分がいっぱいいっぱいだと相手を気遣う事が出来ないですよね。

 

MC うつ病のサインに気づいた後、どのような接し方をすればいいか具体的に教えていただけますか。

 

 対応の仕方は、特に普通でいいと思います。普通というのは専門的なことではなく、いつも通りで人間関係でいいと思う。抽象的な言葉になってしまうんですけど「 和して同ぜず 」という言葉があります。ただ一緒にいるだけではなく、和は常に繋がっている状況。お互いが気遣ったり、支援し合ったり、みんなに余裕がある感じ。同から和に移行する関係性。

 

 ※和して同ぜず:人と協調していくが、決してむやみに同調しないということで、人とのなごやかな人間関係には心掛けるが、

             その場かぎりに、無責任に賛成したりしないという意味

 

 うつ病のサイン…私の視点は違って、支援者としての視点になりますが、企業の上司の視点で3つあります。

①関心を持つ。

②観察するようになる。

③その人の行動パターンを知り、サインに気付く。

コレをやると見逃さないと思うんです。企業は忙しくて、上司は見ていられない事もある。この3つが大切だと思う。気づきやすいというかな。パターンや習慣があるから、それと違うものが見えてくる。

そのサインを発見した後、私が自分でやるとしたら、傾聴しかできない。なにがこの人にとってベストなのか、人の力を借りて支援するために、、、を考える。自分だけでなんとかしようとはあまり考えないかな。

◆当事者として、そのような接し方というのはいかがですか。

 見てくれているというのは、当事者としてはホントにありがたいなーって思う。支援者が声をかけてくれたり、自分を見てくれているのが嬉しい。それが自分の中で励みになっている。なんかこう、和気あいあいとしたような雰囲気の中で、鋭い観察力を持っているんだな、と感じるし、何かあっても1人になる必要はないんだなって思っている。うまくまとめられないけど、、、。

 

 主治医からの言葉を思い出した。私と年はあまり変わらないのですが、とても余裕がある感じで、すごく興味をもって聞いてくれる。そして、覚えていてくれている。リワーク支援施設では、荷川取さん、怖そうな人だなって最初は思ったけど、提出した資料に荷川取さんからのコメントが書かれているんですが、そのコメントが有り難くて、1人じゃないんだよ、っていうのが嬉しい。大きな問題があった時、スタッフに声をかけるとすぐに時間を作ってくれる。覚えていてくれる。これが有り難いです。記憶力がいいですね(笑)

◆では、最後に気持ちを保つために工夫していることなどはありますか?

 みんな不完全な人間であるという、それだけですかね。

 

MC 深いですね・・・(笑)余裕ができていくということですか?

 

 不完全だからこそお互いを必要とするんであって、完全だったら誰も必要じゃなくなる。だから、楽しい。

 

 工夫・・・心がけていること・・・今の自分は志がすごく高い。それは素直に自分の状況を受け止めている。今を楽しんでいる。BowLのあるべき姿はまだまだいろいろあって、余裕とか自分の中で休みたいっていうのはなくて、今を楽しんでいる。工夫としては無理をしないということ。身の丈以上のことはしないとハッキリ言っています。

◆インタビューを終えて・・・

対談インタビューに広報紙clubのメンバーの一員として、参加する事が出来て嬉しく思います。

今回は急きょ、撮影担当になり緊張しながら撮影しました。

今回の対談では、若輩者ですがファシリテーターを務めさせてもらいました。皆さんの和やかな雰囲気のおかげで、リラックスして、様々なエピソードやタメになるお話を伺うことができました。

今回の対談インタビューを通して、当事者側と支援者側の両方からの話が聞けて、とても参考になりました。協力して下さった皆さんに感謝いたします。

精神科医・福祉施設・当事者のそれぞれの視点で話が聞けたことが有意義でした。このような企画ができたことにも達成感を感じました。

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